株式会社エコブランド代表Blog

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[真面目]大人になってから“知り合い”をつくるのは簡単だけど、“友人”をつくるのは難しい

オイラもお世話になっているスターブランドCLUBでのお話

スターブランドCLUBの会員で、大学生のKくんは、かつて僕に、こう言いました
(って、まずは本人が教授に言われたそうですが)。

『大人になってから“知り合い”をつくるのは簡単だけど、“友人”をつくるのは難しい』

でも、スターブランドCLUBを通じて、たくさんの大人になってからの友人が皆さんできているようで、
それは本当に主宰者冥利につきます。



これは去年から今年にかけてのオイラ自身のパラダイムシフトから、大きな実感としてあるものです。企業という組織に属していると、自ずとコミュニティは狭く、似たような価値観の人たちと交流することに居心地のよさを感じてしまいます。名刺交換などをして“知り合い”になったとしても、○○株式会社の□□さんというような感じであまり個人として認識してもらえないのではないでしょうか。


実際その辺りの問題意識から、去年は毎月20人の新しい出会いをつくると決めて活動をはじめたわけですが、それによってオイラの人生は大きく変わりました。それまでは会社の飲み会とかは愚痴やら後ろ向きなことばかりで進んで参加しようとは思わなかったんですが、いまやランチや夜にはいろんな人と会食するようにして、ひと月に名刺一箱がなくなるくらいおかげさまで出会いに恵まれるようになりました。


もちろん、スターブランドCLUBでの「1日1人の自分ファンをつくる」という目標を達成するために、パーソナルブランディングには余念がないわけですが(その割に温泉だったりマニアックな方向に行っているとよく言われます)、なんとか達成できてBlogのアクセス数も増えてきているのはありがたいことです。


単なる“知り合い”で終わらせないために、自分がその人に対して提供できる価値というものを常に意識しています。それはビジネスであれば“ECO”というキーワードであり、プライベートでも“ラーメン”というキラーコンテンツを用意することでかなりスムーズに自分自身の個性を認識してもらっていると感じます。


情報を提供するために常にアンテナを張り巡らせて目の前の人のためにコーディネートする、その楽しみを知ってしまったオイラにとって、“友人”をつくるのは非常にカンタンになってしまいました。そして“友人”が増えれば様々なイベントを開催する際にいろいろ協力してもらえることも知りました。2009年、とある企画を仕掛けます。日本が変わりますよ!



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[真面目]自分棚卸しのススメ

オイラはちょうど1年ちょっと前の年末年始に、福島県いわき市で1人合宿をしていました。30歳という年齢の節目において、いったい今後の人生をどのようにしていきたいかをじっくり考える時間を取りたいと考え、わざわざ東京を離れていわきの温泉まで行ったわけです。


いわきではアクアマリンふくしまや初日の出など、観光気分で盛り上がってしまいましたが、あくまで目的は自分の人生のベクトルを決めるということでスケッチブックとペンを持ってひたすら人生の設計図を書いていました。40歳、50歳、60歳、70歳と10年刻みでの“こうありたい自分の姿”を下手な絵なりに明らかにして、そこに付随する要素としてどんなことが必要なのかをどんどん書いていきました。


その結果オイラ自身の人生において、40歳も50歳もサラリーマンであり続ける人生は存在しませんでした。ワークライフバランスとかいう家庭と仕事の両立なんて甘ちょろいもんではなくて、完全に家庭と仕事のベクトルが一致している人生でした。だから、自分でビジネスを立ち上げるしかないという選択肢を選びました。1年間じっくりと時間をかけて準備して、自分の人生を賭けるに値するビジネスを立ち上げようと決意しました。


果たしてこんな人生あり得るのか、と最初は不安でした。でも、同様の考え方を持っているメンターの方と知り合い、また起業に向かって進んでいくに連れて応援してくれる仲間たちが増えていき、オイラ自身の不安は次第に確信へと変貌していきました。これだけ友達がたくさんいれば、起業しても何とかやっていけるだろうと思ったときに、前職でもちょうど仕事上の役割が変わり始めていたので退職しました。


いま、また世の中の景気が悪くなってきて、旧友などと話をするといろいろ閉塞感に悩んでいるケースが多いです。このまま会社にしがみついてもビジネスが拡大していく見通しが持てず、結局給料も上がらず大した仕事もできずに年老いていってしまうのではないかという焦燥や、部下ができ始めて口では偉そうなことを言うのだけれど、実際は自分自身が迷っているのに部下の分まで責任を取れるのかといった不安が顕在化しています。


だから、そんな彼らに対してオイラは1人合宿して自分の棚卸しをすることをおススメしています。自分の棚卸しをすると、サラリーマンを続けるにしても起業するにしても、自分の人生を主体的に生きようとする意欲が湧いてきます。その結果、個人としてのパフォーマンスも上がって家庭も仕事もハッピーになるのではないでしょうか。


最近では、そんな自分自身の棚卸ししたネタをストーリーに仕立てて、起業したあいさつ回りでのトークにも利用しています。そうするとみんな応援したいと言ってくれたり、仕事をもらえるものなんですよね。是非、時間を無理矢理に作ってでもやってみてください!



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[真面目]誰かのせいで不幸になった人たち

年越し派遣村という、非正規労働者を中心とした貧困者を救済するNPOを中心とした活動が日比谷公園で行なわれました。約500名の貧困者が集まり、政府に生活保護を訴えるなどの抗議活動を行ないました。一方で政府内からは、「本当に働こうとしている人か」というような発言が飛び出すなど、必ずしも救済することが正義ではないといった論調もあります。当然、庶民感情としては税金を使って生活保護をするのに、「勤労意欲の低い人たちまで救済する必要はない」といったアレルギーはあることでしょう。


この言論はどこかでも見たことがあります。そういえば、サブプライム・ローンで多くの企業が業績不安に陥ったときにも、「勝手にマネーゲームして勝手に破たんした企業を救済する必要はない」といったことで、自分とは切り離して突き放す言論が目立った記憶があります。自業自得という自己責任教を強いる人々には、その裏に「こんなにも真面目にコツコツやっている自分ですらキツいのに、何で勝手にバカなことをしている奴らの面倒を見るんだ」というような庶民感情が透けて見えます。


人間は自らのリアリティを感じない事象については、驚くほどに無知です。日比谷公園の状況を「プロ市民の扇動によるプロパガンダだ」と断罪することはカンタンですが、500人すべてが生活保護目当ての浮浪者であるはずはないですし、もしそうだとしてもそれを放っておいてよいという憲法はこの国には存在しません


こんなにもこの国が荒んできているのは、皆が「誰かのせいで不幸になった」という被害者意識を主張しているからではないでしょうか。アメリカが勝手に弾けたサブプライム・ローンのせいで日本も不景気になって、大企業の利益を守るために非正規雇用者が切られ、生活困窮する貧困者を救うために庶民の税金が使われる、、すべてが無責任のスパイラルとなってみんなの感情を逆なでしている感じがします。


こんなときこそ、Give&Give&Give&Give&GiveのPayForwardができる人の優位性が増すことでしょうね。



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[真面目]絶えることのない痛みと憎しみ

イスラエルによるガザ地区への大規模攻撃が行なわれています。発端はハマスがイスラエルに対してロケット弾を発射したことのようですが、イスラエルは地上部隊の投入も示唆するなど、年末年始を控えて全面戦争の様相を呈しています。そのなかで犠牲になるのは、罪もない一般市民がほとんどです。この理不尽な報復の連鎖はどこまで続くのでしょうか。

想像を絶する大量の死と破壊
これを書いている今、外を通っていく葬列の音が聞こえる。窓から覗いてみると、レイエス家の3人の少年の葬列だった。生きている時、この3人はいつも一緒だった。3人は一緒に死に、そして今また一緒に同じ葬列の中にいる。3人が殺されたあと、14歳になる私の弟は家から飛び出して、路上に横たわる友達の死体を確かめにいった。弟を止められるものはなかった。その後、弟はひとことも言葉を発していない。



我々にできることは何なのでしょうか。安全が保障されている国で、格差だ恐慌だと騒いでいることが何になるのでしょうか。見知らぬ土地で戦争が起こっている事実に対して、私たちはあまりにも無力です。せめて同じ地球上に、まったく違った時間の流れを過ごしている人々がいることを認識して、パレスチナ問題の早期解決とそこに住む人々が平穏な日々を取り戻すことを祈るしかありません。




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[真面目]浜崎あゆみにしかできない仕事

年末ということで年賀状を書きながら、ミュージックステーション SUPER POWER LIVE 2008 を観ていました。ジャニーズが多かったのが気になりましたが、紅白よりは面白そうなアーティストが揃っていたので、最近まったく疎くなってしまった日本のミュージックシーンを確認することができました。


当初、浜崎あゆみさんの出演が予定されていましたが、右手の怪我で出演できなくなってしまったということでした。そこで急遽スケジュールを変更したのか、最後にMr.Childrenの曲が「HANABI」と「GIFT」2曲がフルコーラスで演奏されるという、ミスチルファンにとってはうれしい、あゆファンにとっては残念な内容になっていました。


恐らく興行として、視聴率としては、この措置はまったく影響がなかったのではないでしょうか。少なくとも浜崎あゆみを目的として視聴するはずだったファンはいるでしょうが、一方でトリのMr.Childrenが厚みを増したことで視聴時間が長くなったというトレードオフも成立したはずです。


つまり、ミュージックステーションという歌番組の放送において、1アーティストである浜崎あゆみの存在は必須ではないという帰結が成り立ちます。もちろんファンにとってはかけがえのない存在ですが、少なくともビジネスとしては代替する手段があるということです。


浜崎あゆみクラスでさえ、そのような判断ができてしまうわけですから、普通のサラリーマンの仕事なんかはもっと代替できるものなのでしょうね。よく「この仕事は自分じゃなければダメなんだ」とか、「このプロジェクトには社運がかかっているんだ」とか、責任感をモチベーションに換えて仕事に取り組む場合がありますが、実は企業の業績などにはほとんど影響しなかったりします。


それよりも育児であったり、地域社会への貢献といった自分のアイデンティティに関する仕事の方がよっぽど重要なのではないか、と個人的には考えています。子どもにとっての父親・母親はそれぞれ1人しかいないでしょうし、地域社会は自分が育ってきてこれから家族が暮らしていく場所としてかけがえのない存在でしょう。


だから、「この仕事に出世がかかっているから、残業も厭わずに家族を犠牲にする」とか、「この会社は自分がいないと回らないから、休日の行事には参加できない」とか、企業における仕事を優先する働き方は正直カッコ悪いですね。資本主義社会での価値づけが個人の尊厳に優先する時代は20世紀で終わっているわけで、むしろその残滓を引きずっている企業が低迷している印象です。


浜崎あゆみさんも右手を怪我して年末年始の歌番組に出られなかったことは不本意でしょう。でもそのおかげで、家族や友人といった「偶像としての浜崎あゆみ」以外の部分に触れる人々と過ごす時間が増えたのであれば、それはそれで穏やかな年末年始を迎えられるのではないでしょうか。




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