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[動画]夢のカタチ

これは可愛らしくてよいですね。夢というのは、もしかしたらこんな形で展開されているのかもしれません。



このアイディアは素晴らしいですね。そして恐らく予算はそれほどかかっていないでしょう。100万円もあればできてしまいそうです。なんでも洋楽のPVのようですが、曲の感じと女の子の柔らかさがとってもマッチしていますね。



海外では結構ストップモーションが映像としてよく使われているようです。“Where the Hell is Matt?”なんて名作も様々なカットをつなぎ合わせたものですし、むしろこの方向のクリエイティブに今後は発展していきそうですね。



カシオから発売されるEXILIM-FC100の30枚連写機能なんかは、結構楽しい世界を見せてくれそうです。


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[動画]14年前の悲劇

今から14年前の1995年1月17日、阪神淡路大震災が起きました。当時高校生だったオイラは、朝からテレビ画面にくぎ付けになっていたことを思い出します。5時46分に発生した地震から、第一報が入ったのは5時50分頃。当然、その時間はオイラはまだ寝ていました。




そこから母親にたたき起こされ寝ぼけながら居間に行ってみると、TVのなかでは崩壊して煙を上げる神戸の街並みが映っていました。眠気も吹き飛び、食い入るように画面を観ているうちにどんどん被害状況が判明していきます。これは大変な震災だ、、それまで平和にのほほんと暮らしてきたオイラにとっては衝撃的な映像でした。







学校に行っても授業はせずに、先生と一緒にずっとTVを観ていました。授業なんかよりも、現実で起こっているリアリティの方がよほどに教育になりました。








その後に社会人となって関西に赴任したオイラは、先輩などから当時の様子をたびたび聴く機会がありました。当たり前だった日常が突如崩壊する恐怖、全国から集まった支援の温かい輪、想像以上に早かった復興、、このような極限状態にあって、人間は驚くほどに強くなれたのだそうです。


そう、我々日本人には、敗戦や数々の自然災害から立ち直ってきた強さがあります。だから、単なる金融のちょっとしたミステイクによって社会が崩壊するわけがないのです。阪神大震災は忘れないでしょう。我々の強さの証として。



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[動画]MTV Music - I Want My MTV

MTVでさまざまな洋楽PVが観られるようになりました。有名なところでも以下のようなカンジ。こりゃ秋の夜長も楽しめそうですな。




このオチはないよマイケル。。




ジャネットもがんばる。




おお、マドンナが日本に!




a-ha懐かしいなぁ。




個人的に好きな歌。




ビヨンセのどセクシー!

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[動画]私もあなたの作品

見いだし、育ててもらった恩義があるからこそ、「笑っていいとも!」の出演に穴を開けたりはしない。赤塚不二夫の“作品”の1つとして、自らの役割は全うするのが恩返しなのですね。これでいいのだ。





赤塚不二夫さん葬儀 タモリさんの弔辞全文
「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。
 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないなら、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。
 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。
 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。
 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」


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[動画]Boxing Cat

これはノックアウト!




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