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無宗教という信仰

私は無宗教です。特に親が何かの宗教の信者であるということもないですし、地元には創価学会顕正会の会館があったりしますが、むしろこれらに集まる人々を怪訝に見て育ったタイプです。ですから私の宗教に対するスタンスは基本ネガティブであり、その反作用で現実的/合理的に物事を考えるようになったといえます。


つまり私は 神=マーケットメカニズム等の集団の暗黙の了解 と考えていますし、宗教の存在意義についても 道徳面/文化面での論理を効率的に伝えるツール であると定義しています。そしてそれらは私の生活に必要ないものであると思っているので、そこに特にリソースを割こうという気もありません。


でも無宗教な人でも、何かしらの信仰じみた行動は無意識のうちに行なっているようです。日本人にとって盆暮れ正月、さらにはクリスマスやバレンタインといった和洋折衷の習慣は無宗教ならではの都合の良い解釈による祭りであり、結婚式などのイベントは洋装と和装を両方着ることが幸福な花嫁だと言われています。小さなことでもゲン担ぎをしたりおみくじを引いたり、無宗教である我々は様々な宗教的イベントをときには経済に結び付けて取り入れているのです。


最近ではスピリチュアルなんていう新しい信仰も出てきていますし、血液型や星座といった根拠のない性格運勢診断はもはや一般化していて、そこに話を合わせなければそれ以降は寒い展開が待っています。そもそもマスコミの情報なんかも宗教的なノウハウで一時的な流行を生み出すことによってその存在を示しているわけであり、政治の世界でも団体名と候補者名を連呼するだけの選挙運動を行なう、まさに布教活動を行なっていたりします。


無宗教と言われる日本人ですが、そもそも1946年12月31日までは天皇が現人神として神道の頂点に位置していたわけであり、たった60年の間に「神は死んだ」という信仰の転換を行なうことは困難です。むしろ個人の生活を集団の中のごく一部の意思決定に委ねるという宗教的価値観は増しているともいえ、文化的/道徳的側面からはどんどん退行しているのではないでしょうか。


なんだか無宗教であることが怖くなってきました。まぁ私は信者になるよりは教祖になるタイプですが。





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