株式会社エコブランド代表Blog

株式会社エコブランド ⇒ http://ecobrand.jp/

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

[News]これ以上被害者を増やすな

秋葉原連続殺人の件。犯人には情状酌量の余地はないですが、なんとなく嫌な方向に進んでいるカンジがします。

秋葉原殺傷:加藤容疑者の両親が謝罪 母は泣き崩れ
父は深く頭を下げ、母は泣き崩れた--。秋葉原7人殺害事件で、加藤智大容疑者(25)の両親が10日夜、青森市の実家前で事件後初めて記者会見。父親(49)は「息子が重大な事件を犯し、亡くなられた方、そしてけがをした方、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪した。



果たしてこの場合、両親は加害者なのでしょうか?もちろん犯罪者を育てた責任はありますが、少なくとも未成年の犯罪ではないのだからマスコミのカメラの前で晒し者にされるような状況ではありません。息子が殺人を犯したということですでに大きな罰を受けているはずですし、家族や親族が今後どのような生活を強いられるのか、もしかしたら加藤容疑者自身も考えていなかったかもしれませんね。


中日新聞 2006,1,18,夕刊
埼玉、東京で四人の幼女が殺害された「連続幼女誘拐殺人事件」は、発生から17年を経て宮崎勤被告(43)の死刑が確定することになった。事件が明るみに出た1989年7月、百人を超える報道陣が東京都五日市町(現・あきる野市)の宮崎被告の自宅に押し寄せた。その一ヶ月ほど後、本紙との単独インタビューに応じた父親の憔悴しきった姿が、脳裏に焼きついて離れない。
「こんなことになって」と父親は泣き崩れた。「こんなに苦しむのなら、死んだ方がどんなに楽か」。目の前に正座して天井の一点をうつろな目で見つめ、苦しみもだえるように声を絞り出した。顔は真っ青で私たちとは一度も目を合わせることもなかった。「地獄のような苦しみ」という言葉が浮かんだ。
「勤は幼い時、手が不自由なのを気にしていた。一時は手術させようと思ったが、手術がうまくいかない場合のことを考えてやめた。勤はその後、うまくいかないことのすべてを、手のせいにしていた」正座したまま途切れ途切れに息子の生い立ち、被害者への謝罪の気持を話した。父親の証言は、事件の背景を明らかにしていく上で大きな意味を持った。(中略)
被害者、遺族の悲劇はいうに及ばないが、事件で宮崎家の家族や親類の多くも婚約の破談、離婚、退職に追い込まれた。改姓した親族もいた。逃げるように住み慣れた町を後にした人もいた。
父親は、被害者への賠償金を支払うため先祖代々の土地を売り払い、5年後の94年11月、青梅市内の多摩川にかかる橋の上から飛び降り、自殺した。(中略)最高裁判決のあった17日、被告の自宅のあった場所に立った。事件から約1年後、家は取り壊され当時の面影はない。
「どんな子どもでも、私の子どもなんです」。
17年前に、被告の父親が心から絞り出すように口にした言葉が、風の中から聞こえてくるような気がした。(元東京社会部記者・坂本丁次)



私自身、ホントに好き勝手なことをやっていて、結構一人で過ごす方が気楽で好きだったりするタイプです。しかしそれは前提として自分自身が多くの人々から承認されているという自己認識から成り立っている強さであり、親や家族は絶対に最後まで味方してくれるという確信があります。


【秋葉原無差別殺傷】人間までカンバン方式
他者と関わりと持てず、漫然とモチベーションの上がらない仕事をしながら明日の生活に怯える。

他者のいない生活の中で、自分ばかりが肥大してしまう。ツッコミすら入らないのだから。

彼女がいない、ということに対して相当の劣等感を持っていたようだけど、承認の象徴が「彼女」だったのではないか。

無論、背景には恋愛至上主義もあるだろうし、若い男なのでそれ相当に性欲もあるだろうが、友達でも親でも、頼れる上司でも、あるいは猫だろうが、代替は可能だったのではないか。少なくとも道を踏み外すほどにはならなかったのではないか。

犯人は他人を巻き込まず、一人で勝手に死ねばよかった、そう言う人は多い。裾野市なので富士の樹海は近い。だが、犯人があのまま秋葉に行かず、一人樹海に向かったとしても、誰も探しに行かなかっただろう。

派遣会社も、派遣社員の同僚も良くあるバックレとしか思わず、社員はいなくなったことも知らない。

そのことを思いついたとき私は全身が寒くなった。

身震いするほどの孤独がそこには存在する。

人間としてみなされていない人は、他の人も人間としてみなさない。凶行の背景には、凍えるほどの孤独が生み出す負のスパイラルがある。


今回の事件の最大の凶器は、ナイフでもトラックでも格差社会でもなく、孤独です。誰からも承認されない状況というのは、正直私には想像すらできません。本来であれば他者と繋がる道具であったはずの携帯電話なども孤独を深める原因となったのでしょうか。我々にできることは、身の回りの人たちに対して承認を伝えること、ただそれだけです。


スポンサーサイト

別窓 | New! | コメント:1 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<[環境]100万人のキャンドルナイト | 株式会社エコブランド代表Blog | [ビジネス]ニュージーランドのススメ>>

この記事のコメント

拝見させていただきました。
またお邪魔します。
2008-06-17 Tue 10:54 | URL | 死刑前最期の言葉 #-[ 内容変更] | top↑
∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| 株式会社エコブランド代表Blog |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。