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[真面目]日米交渉から観た太平洋戦争

63回目の終戦記念日を迎え、太平洋戦争について様々な資料を読んでみました。中でも日米交渉から開戦に至るギリギリの折衝について、公文書が公開されていたので非常に興味深く考察してみたわけです。

インターネット特別展 公文書に見る日米交渉~開戦の経緯~

結果を知っている我々からすれば、圧倒的な国力を誇るアメリカに戦争を挑むなんて馬鹿げていると思ってしまいますが、そこに至るまでの経緯はさまざまな要因が複雑に絡み合い、中には山本五十六連合艦隊司令官のように、戦争反対の立場ながら真珠湾攻撃を指揮したという個人の葛藤が数多くの局面に感じられます。


満州国をはじめ植民地政策を推し進める陸軍といざ開戦となれば矢面に立たされる海軍の確執は、もし太平洋戦争が行なわれなければ内戦に発展していたのではないかと言われるほどでした。南下を進める陸軍にフィリピンを植民地としていたアメリカが脅威を抱き、日本に対して石油などの資源輸出を停止したことによって日米関係が急激に悪化しました。


事実上の開戦への最後通牒となったハル・ノートに関しても、もともとは日米の間で戦争を回避するための妥協案に関する合意文書という位置づけであったものが、諜報戦略の中での行き違いによって開戦やむなしという方向に傾いてしまったという経緯が見て取れます。


これらを見ていて思うことは、20世紀というのは何と“異常”な世紀であったのか、ということです。2度の世界大戦にアメリカ、ソ連がベトナム、アフガニスタンで泥沼のゲリラ戦を繰り広げ、結果として軍備による示威行動が無意味であるという結論に達するまで100年かかったというのがこの世紀だったのでしょうか。


残念なことに、21世紀になってもアメリカやロシアは局地戦を繰り広げています。戦争はテロへと姿を変え、時に一般市民を巻き添えにしながら悲劇は繰り返されています。アフリカでは民族主義による政治的に不安定な状況が広がっており、経済発展どころではない悲惨な格差が現実となっています。


中国でオリンピックが行なわれている間に、このような資料に触れられたことは個人的には大きな転機となりました。日本という平和を享受している国がどのような歴史の上に成り立ってきたのか、日本人1人1人が平和の意味を認識して外国の模範となるような国家にしていくこと、それこそが終戦から立ち直った奇蹟を支えたモチベーションに違いありません。


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