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[スポーツ]もし、清原が阪神に来ていたら?

オリックスバファローズ、清原和博選手が現役最後の試合に出場しました。スタメン4番DHで出場した試合では見事2塁打を放ち、孤高のアーチストとして自らの引退の花道を飾りました。イチロー選手や長渕剛、そして我らが兄貴・金本選手も京セラドームに駆けつけ、華やかに引退セレモニーが行なわれました。実はオイラも清原が故障してたときに、たまたまオイラの会社が入っているビルの下のスポーツジムに来ていたことがあって見かけたことがあります。スーツ姿のサラリーマンの中で、頭一つ大きな巨体がエレベータを待っていた姿は印象的でした。


清原といえば、1996年に西武ライオンズをFAした際に読売と阪神が競合して読売に行った経緯を思い出します。結果的には読売の水が合わず、故障や首脳陣との確執から半ば追放同然に2005年、戦力外通告されてオリックスへと移籍しました。落合やペタジーニと守備位置が競合するなど、読売時代の清原は必ずしも順風満帆とは言えませんでした。


この1996年の時点で、読売の倍の年俸を示したと言われる阪神に移籍していたら、清原の人生はどうなっていたのでしょうか?当時の阪神は万年最下位であり、吉田監督が「縦ジマを横ジマに変えてでも」と言って大スターの入団を熱望したことは有名です。恐らくファースト4番の定位置が与えられ、高校時代に活躍した甲子園では浜風も味方につけて右バッターとして結構打てたのではないかな、と今でも思います。


とはいえその後の野村監督⇒星野監督という阪神の復活劇を観る限りでは、清原が入らなくてよかったなと思います。チームの中では清原は明らかに“特別扱い”をしなければいけない選手ですし、そのような起用法が野村監督や星野監督のやり方と合わなかったことは明白でしょう。また今年の阪神の戦い方を見れば分かるとおり、ホームランよりも繋いで点を取るスモールベースボールを実践し、磐石の投手陣で逃げ切る手堅い野球こそが常勝阪神を支える戦術なのですから、必ずしもホームランバッターは要らなかったということでしょう。


まぁ、一度で良いから縦ジマを着た清原を観たかったという思いもあります。いや、今後さらに指導者として実績を積めば、もしかしたら阪神の監督に…なんてこともあるかもしれませんね。長い現役生活においていろいろ怪我などで苦労したからこそ、球界の至宝としてこれからも野球界の発展に尽力してもらいたいものです。おつかれさまでした。


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