[ビジネス]中田英寿の選択
元サッカー日本代表の中田英寿氏が大株主となっている、PR会社の株式会社サニーサイドアップが大証ヘラクレスに上場することになりました。公開されている目論見書に拠れば、中田氏は52,000株を保有していますね。公募価格ベースでは1株約2,500円ですから、約1億3千万円の評価額となります。
まぁ中田氏にとってはこんな金銭的な勘定はどーでもよいのかもしれません。それよりも住所が Monte-Carlo, MONACO になっているところ、ココ注目ですよ!長い旅に出ると言っていた中田氏ですが、さすがに住所不定というわけにもいかずにモナコに定住権を得たようですね。
中田ヒデ、旅の最終章 「セレブの国」モナコに居住
元サッカー日本代表の中田英寿さん(30) が現役引退を表明してから1年が経つ。引退後は「世界で旅を続けている」とされてきたが、フランスに囲まれた小国「モナコ」に家を構え、居住権を取得したことが明らかになった。そろそろ旅を終えて腰を落ち着けそうな雰囲気だが、この「モナコ」とは、どんな国なのか。
モナコといえば、タックスヘイブン=租税回避地として有名です。つまり、中田氏はこのIPOによって得た所得について、日本に税金を払う必要がないということなんですね。いやー、スポーツ選手の中ではとても賢い人だと思っていましたが、ココまでちゃんとやっているとはもはや尊敬してしまいます!優秀なフィナンシャルアドバイザーがいるのでしょうが、それにしても彼自身にも才覚があるからこそ名誉も財産も集まるのでしょう。
■タックスヘイブンの国から、増え続ける税金に困窮する日本人に貧困国を助けろと語る中田氏
日本人からチャリティーで金を集めるけど、
俺は日本に税金払う気はないですよー
という事ですね…
そんな中田氏の姿勢をやっかみ半分で否定するような声も聞かれます。なるほど、これまで中田氏を育ててくれた日本サッカー界に対して、恩返しを望むのも当然でしょう。でも、税金を払うことが果たして日本サッカー界の発展に寄与するのでしょうか?
先日、サッカージャーナリストの小谷泰介さんにお話を伺ったときもまだ日本にはスポーツビジネスが根付いていないとおっしゃっていました。恐らく、中田氏がこの株式会社サニーサイドアップに出資しているのも、日本にスポーツビジネスを成立させようという狙いが含まれているに違いありません。日本のプロ野球のようなワケ分からない権力構造にスポーツが翻弄されない、ファンからの支持によってプロチームの経営が成り立つ欧州のサッカービジネスのような体系の整備を考えていることでしょう。
個人的には、税金を払うことは決して社会貢献には結びつかないと考えています。税金というのは収めた時点で“意志”のあるカネではなくなり、国家という枠組みのなかで予算が組まれさまざまな用途に使われます。一般会計予算歳出を見れば分かりますが、だいたい1/4が社会保障、1/4が地方へのバラ撒き、1/4が借金の返済に使われ、文教および科学振興に使われるのはたった5兆円強しかありません。

つまり、中田氏が1億3千万円のうち6千万円を所得税として納税したところで、日本のサッカー振興に使われるのは大きく見積もっても500万円程度しかないのです。税金で取られなかった分も含めて、自分の稼いだ金の半分を自分の意志とは違うところに使われるのはオイラであれば非常にイヤな気分です。
[真面目]税金を払うことは良いことか?
この辺りの国家とメディアが結託した形のプロパガンダをひも解けば、税金を払う必要がないことが分かります。結局管理を行なうための組織体であったり、社会を構成する各セクターの運営コストが増大になったために、取りやすい大衆から税金を搾取しようと動いているのが今の世の中の仕組みであって、雇用者たる一般市民は将来や生活レベル低下に脅えつつ耐えるしかないというのが実情です。
そろそろ目を覚ましましょうよ。自分が税金を払う際には、その歳出がロクなところに使われないことを嘆き、他人が税金を払わないことに対しては社会への反逆だと批判する、それって自己中心的なダブルスタンダードじゃないですか。少なくともオイラは、何もせずに安全なところから石を投げる輩よりも、サッカーを通じてアクションを起こそうとする中田氏の意志を支持しますよ。
- [2008/08/15 00:00]
- ビジネス |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲
[ビジネス]起業するための現実的な選択
一般的な言葉尻的な話で言えば、起業=ベンチャーという形で語られることが多いですね。ホリエモンをはじめとしたヒルズ族のイメージで、ITベンチャーで成功して上場した経営者は札束でやりたい放題やっているなんてイメージがメディアを通じて流布された残滓なのかもしれませんが、実際にはラーメン屋を開業するのも趣味でまとめていたBlogの内容を本で出版するのも起業であって、そう考えると実に様々なところで起業の機会というのは広がっています。
「ベンチャー企業」のための資金調達入門
単なる「中小企業」じゃなくて「ベンチャー」というからには、逆に「(つぶれるのが10社に1社ではなく)生き残るのは10社に1社」くらい思い切ってリスクをとった事業じゃないといけない。(もちろん、当事者が「成功確率は低い」と思ってる事業なんて成功するわけではないので、あくまで客観的に第三者が見た確率として10社に1社、です。)
オイラ自身は幸い?にも、ITベンチャーの中で生き残って上場した数少ない企業で上場前/上場後のダイナミズムを経験しています。上場前はそれこそハンパない勢いで意思決定を行ない、売上げ至上でキャッシュフローを回し、とにかく規模拡大を図ることで事業の継続成長性を担保していました。ほとんど利幅のない代理店ビジネスなんかにも手を出したりして、とにかく売上げを前年よりも、前月よりも積み上げることが重要視されたのです。それは東証の上場審査に通りIPOを果たすため、という目的の1点です。
上場後は、逆に利益率が問われるようになってきました。個人の業務レベルでも工数はかかっている割に業績が伸びない事業は淘汰され、新規事業を行なうのにも様々な審議が必要になりました。昔だったらとりあえずやっちゃえ!みたいな勢いだったレベルの新規事業でも、会社の看板を汚さないかとか、業界全体の秩序にどのような影響を与えるとか、体面的な内容での待ったがかかるケースも出てきました。
ベンチャー企業というのは和製の言葉なので、人によって定義は自由かも知れませんが、私はIPOまたはバイアウトで株主にキャピタルゲインを得る機会を提供することを志向する企業のみをベンチャーと呼んでおります。VCさんもIPOやバイアウトを志向しない企業には投資できないから、それを志向していることや、その可能性が合理的に存在することをきちんとプレゼンしないと資金調達はできないわけです。
「ベンチャー起業」には意外なほどに制約事項が存在します。VCや出資者の声とプレッシャーにも傾聴しなければいけませんし、IPO自体がJ-SOX法などのコンプライアンス不況によってあまり魅力的ではなくなっている現実があります。そもそもWeb系の事業モデルであれば、さほどスタートアップ資金を必要としませんし、「ベンチャー起業」できるような参入障壁の低い業界はそもそも資金力が差別化要因になることは少ないでしょう。
そういう経緯を踏まえて、オイラ個人が“ベンチャー”を経験した上で起業するのであれば、「スモールビジネス起業」をオススメいたします。本来、起業をしたいと考えるような人は何かしらの「世の中を変えたい」であるとか「自分の好きな仕事をしたい」というような情熱を持っているハズであり、そういった個人の情熱を具現化できるのが「スモールビジネス起業」なのではないかと思うのです。
岩瀬大輔さんのように、具体的なビジネスモデルは持っていないけど自分の能力を発揮したいという方は「他の起業家のスタートアップに参加する」なんて選択肢もアリかもしれませんね。もちろん、Blogなどでその人の能力を示しておく必要はありますが。「一般企業に就職して社内ベンチャーを立ち上げる」ことはあまりオススメしませんね。一般企業の配属なんて理不尽で、社内ベンチャーを立ち上げるような案件に巡り会う確率はそれほど大きくありませんし、サイバーエージェントなどのように社内ベンチャーが制度化しているところはまだしも、優秀な人材ほど既存事業を放り出して社内ベンチャーに手を上げることはリスクが高くなるような気がします。
起業にチャレンジするに当たっての4つの選択肢
1.他の起業家のスタートアップに参加する
これは、起業する目的がお金であったり、社長というポジションが欲しいからという人だと意味がないが、起業というお祭りに参加したり、自己実現のようなことが目的であれば十分魅力的な選択肢だと思う。一番の問題は、魅力的な起業に上手く参加できるようなチャンスがめったに来ないことだろうか。
2.一般企業に就職して社内ベンチャーを立ち上げる
社内ベンチャーは成功率が低いと言われているが、失敗した場合のリスク回避という意味では魅力も大きい。また人的資源や社会的信用などリソース面でのメリットもある。一番の問題は社内ベンチャーを実施するような企業へ就職し、経営陣の信用を勝ち取り、さらに本業とのシナジーが見込めるようなビジネスアイディアを立案できるかどうかというところだろう。他にもデメリットとして、成功した場合の金銭的メリット(儲け)や、所詮は子会社なので経営的自由度が少ないという点もある。
3.スモールビジネス起業
副業・週末起業というような形態からスタートしてもいいし、ここで言うスモールビジネスは「はてな」のように営業キャッシュフローや借り入れの範囲で成長し、IPOを目指さないスタイルを維持する形態になる。ただ、収益化を達成しさらに大化けする見込みが立ったら、そこからベンチャーへと進化するようなパターンもありだと思う。
4.ベンチャー起業
ベンチャーキャピタル(VC)が出資するだけの魅力的かつ大規模な事業計画を作り、比較的短期間でのIPOでのイグジットを目指す。
短期(10年前後)でのIPOを目指す必要があるため、相当なハードワークを要求される一方で、VCからの資本資金の調達や、VCからの経営援助を受けられるという面でメリットが大きい。
ただし、IPO成功のためのプレッシャーが強く、資金を使ってリスクを取って成長を目指すギャンブル的な要素が多くなったり、時間的制約から無理を強いられることが多くなる。またIPOやバイアウトの見込が薄くなった場合に、VCとの間の投資契約に基づいて出資分の株式の買戻しを要求されるようなケースもあると聞く。
別に週末でも副業でも良いですから、スモールビジネス型の起業をやってみることは大賛成です。サラリーマンでは体験しにくい、商流や資金繰りを意識するのは本業でも絶対に役に立ちますから。就業規定で副業を禁じているとか、憲法違反な理由を言ってみる前にとにかく行動してみればよいのです!
- [2008/06/29 00:00]
- ビジネス |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲
[ビジネス]コンプライアンス不況
昨今の金融不安や株式市場での不祥事を受けて、主に上場企業においてJ-SOX法の対応が進んでいます。また建設業や食品など、業界全体の不祥事についてはそれぞれ建築基準法や食品安全基本法などは基準が強化される方向でのコンプライアンス重視が進んでいます。
一方でこれら法律による規制が厳しくなれば、それを管理したり監査するコストがかかることになり、最終的には消費者への価格転嫁という形で経済全体を低迷させる原因となります。いわゆるコンプライアンス不況と呼ばれる構造不況はJ-SOX法の適用によって最終局面を迎えているとも言われています。
コンプライアンス不況にどう立ち向かうか
最近、「コンプライアンス不況」という言葉をよく耳にする。企業活動に対する規制を強化する方向での経済法令の改正が相次ぎ、企業がその法令遵守の徹底を求められることがこのところの景気悪化の原因との見方を示す言葉だ。
法令遵守という意味のコンプライアンスが経済に与える悪影響は、2つの面に整理することができる。1つは、経済社会の実態と乖離した法令の「遵守」が経済活動の停滞を招くということ、もう1つは、「法令遵守」という意味のコンプライアンスを企業経営と切り離して「単なるコスト」と捉える考え方が、個々の企業の活動自体に対してマイナスの影響を与えるということだ。
実際にオイラも食品メーカーにおいて、鶏インフルエンザや狂牛病といった食品安全に関する規制強化に対応する業務に携わった経験があります。とにかく食品の生産地や原料に関するトレーサビリティ資料や書類は膨大になる一方でそれらを限られた人数と時間で処理しなければいけない、ましてや商品に価格転嫁はできないといった状況で非常にツラかったですね。
今となっては懐かしい思い出でしかないですが、テレビでヨレヨレと座り込む牛やドコドコで鶏インフルエンザ発生なんてニュースを観る度にほぼ徹夜でこれらに関連する商品のトレーサビリティ情報をかき集めたものです。今でも食品偽装やら中国産原料の話題が出る度に現場の苦労を思い浮かべてしまうわけですが、果たして今、狂牛病やら鶏インフルエンザをどのくらいの人が覚えているんですかね?
「法令遵守」を上から下へ命令するだけの企業側の対応が、制度の本来の目的に反して企業にとって大きなマイナスの効果を生じさせている例が、金融商品取引法によって今年4月からの会計年度に適用されるJ-SOX対応である。
法令や規則が定める手続きに従うこと、という「法令遵守」を徹底しようとするあまり、業務フローやリスクの文書化という目先の細かい要求に対応することばかりに目を奪われ、そのために膨大な労力とコストを費やしている企業では、そもそも、その文書化が一体何のためのものなのか分からなくなってしまっている。それが、かえって個々の事業分野の状況、企業活動の状況を全体的に把握することを困難にしている。
J-SOX対応は、経営内容を透明にし、株主や投資家に対してアカウンタビリティを果たすための手段だ。経営者として、その会社の財務報告の適正さがどのようにして担保され、その適正さが損なわれないようにどのような対策が講じられているのかを自ら把握し、それを株主、投資家に対して説明するため作成するのが、内部統制に関する報告書だ。法律や規則によって定められている様式に従って膨大な書類を作成すること自体が目的なのではない。
そんな中でついにJ-SOX法が施行されました。各企業においてこれだけ業務負荷が増大する中で果たしてどのくらいのメリットがあるのか、ちゃんと説明できる人がどれくらいいるんでしょう?マニュアルやら文書やらによる商取引の可視化に重点が置かれてますが、実際に業務をしている現場を知っている人であれば、非定型業務や言語にしにくいノウハウなどもあるという文句の1つも出そうなものです。
コンプライアンスを、「法令の背後にある社会の要請に応えること」と捉えた場合、法令上義務づけられていることも含めて、多くの社会的要請にバランス良く応える経営上の意思決定を行うことは、経営の健全性を表すものであり、コンプライアンスそのものである。社会との関わり、社会から求められているものを踏まえて経営上の意思決定を行うことは、企業の付加価値を向上させるものであり、コストとなるものではない。
つまり、これまで性善説の信用という観点から成り立っていた日本的経営が全否定され、あらゆるものを書面に残す欧米型の契約社会に法律面では変換していこう、というのがこのJ-SOX法の流れです。本来であれば言外の暗黙知という形で共有できていた日本人の察する文化が、KYなる言葉とともに崩壊し始めていることと無関係ではないのでしょうね。
「法令遵守」という意味のコンプライアンスを徹底していくことの弊害は、今、日本の経済社会全体に深刻な影響を与えつつある。このままでは、本当にコンプライアンス不況が、この国を蝕んでいくことになりかねない。一つひとつの法令や規則が何のためのものかを改めて考え、それらを単純に「遵守」するのではなく、経済活動の実態に適合させつつ、「大切に使いこなす」という姿勢に転換していかなければならない。
正直言ってこれらの法令遵守に係るコストと業務負荷は、上場するメリットをほとんどトレードオフしてしまいます。その結果、2008年前半の東証新規上場はたった32件と激減してしまっています。ベンチャー支援やらエンジェル税制とか調子の良いことを言いながら、まるでその身軽な動きを阻害するような制度を作ることが果たしてどんな方向に向かうのか、いやはや気持ちが暗くならざるを得ませんね。
- [2008/06/27 00:00]
- ビジネス |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲
[ビジネス]ニュージーランドのススメ
最近、海外投資を真剣に考えています。日本では低金利と規制の嵐でどうも萎えてくるケースが多いので、まとまった資金を海外に移転させる計画です。ハッキリ言って日本の株式市場には経済成長への材料が乏しいですし、不動産投資にしても少子化で人口自体が減っているのに価値が上がるわけもなく、手詰まり感がありますね。
そこで目をつけたのは、ニュージーランドです。ニュージランドはすでに債券を保有していて年間利率7%程度で回していますが、この好調さからもっと具体的な案件に投資したいという気分になってきました。特に不動産は取得税もかかりませんから魅力的ですね。
ニュージーランドではミルブルック・リゾートのように、日本の資本でのリゾート開発なども行なわれています。いわゆるリゾートファンドの形で投資用物件を買い上げ、さらに2週間程度のステイが可能といったような投資と観光を組み合わせたサービスがあるようですね。
これらへの投資は資金運用的な側面もありますが、ビジネスとしても有効な気がします。例えばニュージーランドでゴルフをするといったような誘いであれば、ある程度の地位にある男性ならば非常に魅力的に映ることでしょう。そうすると普段は数万円/時ものコンサルティングフィーを取るような方でも、一緒にバカンスに行きましょうとか誘いやすくなりますね。この辺の差別化したコンテンツとして持っておくのは損ではないでしょう。
まずはこの計画を進めるために、英会話とゴルフを練習することにしましょうか。理想は日本とアメリカ、ニュージーランドを4ヶ月毎くらいに移住したいですね。まぁ、日本で住民税を払いたくないという理由もあるのですが。。
- [2008/06/12 00:00]
- ビジネス |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲
[ビジネス]冷静と情熱のあいだ
今年度からのバイト先の社会学部の学生に経営学を教えていて、あまりにナイーヴすぎるんじゃないか、と思うことがありまして。
「百貨店という業態はある時期、例えばHanako世代という世代に対応して衣料品販売業態を構築したら、その世代を常連として囲い込んだ分、若者からは「おばさんが服を買いに行くところ」というイメージもついてしまった
こんな百貨店の経営の失敗に対する学生のリアクションとして、下記のような感情論に基づいた「かわいそう」というコメントが多かったそうです。経営学という学問を大学という高等教育で学んでいる学生が発したコメントです。
「でもそうやって百貨店がおばちゃんくさくなって売れなくなったら、百貨店がかわいそうじゃないですか。」という意見。
これまであちこちで教えてきて、「競争で負けた組織はかわいそうだ」ということをコメントされたことは初めてでした。
実際に存在する競争という現象を、そしてそこでの優位劣位を、かわいそうとかかわいそうじゃないとか、善悪とか、そういうものにいきなり結びつけてしまう。それを論じたらなにか成果があるんだろうか。そこで感情を論じずに、どうしたら市場で生存できるかを、対処可能性を論じるのが経営学だよ、百貨店だって、今日を予期して手を打っていたところはまだしもそこまで窮地には立っていないでしょう、と対応はしましたが。
百貨店がかわいそう=従業員はボーナスも出なくて、モチベーションが上がらなくてかわいそう ということでしょうか。いずれにしても、この安易な同情には思考停止の感じがします。この「かわいそう」というコメントには、「パンがなければケーキを食べればよい」と同様の、問題点を直視せずに自分の価値観で断定する傲慢さが潜んでいます。競争に負けた組織は相対的に負け組だから、同情の対象になるという上から目線です。
少なくともこの経営学の講義で求められているのは、百貨店がかわいそうというNHKのノンフィクション特集に出てきそうな同情論ではなくて、そのような状態に陥らないための経営学的な予防措置と、そこからV字回復するための対症療法を考えることです。百貨店を擬人化して置かれた立場に想像力を発揮している場合ではないのです。
また、別の回に、資源の有限性がその合目的的な最適配分を促し、戦略性やリーダーシップや組織内の規範意識も意思決定も価値判断もそこから始まる、ということをわかりやすく説明したくって、四川の震災のニュースを挙げてトリアージの概念を説明した。絶対的に医療資源が不足しているところでは、「もう助かりそうにない患者」と「患者自身が処置したら大丈夫な患者」はカテゴライズして分けて、その間の「治療しなければ助からないが治療すれば助かるかも」というところに有限の医療資源を配分する、というシステムがあるんだよ、ということを説明したら、やっぱり女子学生のかなりの部分から「かわいそうだ」という反応があった。
これ、「トリアージの判断をしなければいけないお医者さんたちもつらいだろうな」というのではないんですよ。そうでありつつ、でもひとりでも多くの人を助けようとしたら、そこで考えなければいけないんだろうな、それを「戦略性」とでもいうのでしょうか?と聞いてきた男子学生には、僕は巧くコンセプトが伝わった、その通り!と褒めたい感じですが、「可哀想じゃないですか致命傷の人を見捨てるなんて」。でもそういう非常事態では、特に医療資源は有限だからこそ、適切に配分しなければならないという考えなんだよ、とくどく説明した。
「そんな重傷者をもう助けないなんてレッテルを貼るなんて、人権侵害じゃないですか?」と書いてきたお嬢さんもいた。そりゃあ、この大学のOGが、福祉業界に入って数年で燃え尽きてしまうというのは当たり前だよこれじゃ。この人たちの目に映るのは「目の前の最善」だけで、「全体や組織から見た最適」というのはコンセプト自体が頭の中にないのだ。いや、こちらはできるだけ冷静に、穏和に説明したつもりなんだけどなあ。
トリアージの是非はさておき、我々の日常生活においても有限なリソースである時間を「目の前の最善」で浪費してしまうケースは多いですね。今日は子どもの誕生日だけど、部長に頼まれた書類を作成しなければ怒られるなんて価値観で残業しているサラリーマンはたくさんいます。恐らくその人にとっては「子どもの誕生日を一緒に祝うこと」はもちろん「部長のご機嫌を損なうこと」よりも大切なのでしょうが、実際に目の前に仕事があって部長が座っていたりすると、どうしてもそちらを優先してしまうのが人間というものです。
その場合の戦略性として、部長から仕事を頼まれる段階で「今日は子どもの誕生日で早く帰りたいのですが、これはいつまでに作成すればよいですか」と交渉したり、完璧に書類を作成しようとせずにある程度ドラフトが出来上がった段階でお伺いを立て、ボールを部長に戻してしまうといったテクニックが考えられます。
企業が競争に破れる主因としては、従業員のモチベーションの欠如であったり、そもそもの事業の目的付けが曖昧であったりすることが多いです。つまり、メンタルな部分に起因するケースが多いわけで、「かわいそう」という感情と同様の「部長は分かってない」とか「何のために仕事しているのか分からない」といった従業員のストレス感情の総和が企業の競争力を低下させています。
人間が感情の生き物である限り、一朝一夕に対処できる問題ではないでしょう。それでもオイラ自身は自分の目の前に見える範囲で、善悪ではなく代案を示すような考え方で関わっていきたいと思っています。そしてそれを受け入れてくれる人たちに対して優先的にオイラの時間を提供していくことが、個人的なトリアージなのです。
- [2008/05/24 00:00]
- ビジネス |
- トラックバック(0) |
- コメント(0)
- この記事のURL |
- TOP ▲


