[真面目]ワークライフバランス
「私、ここで結婚できますか?」と聞く女子大生、どう思います?
ちょっと気張った、高めのランチを出すレストラン。対面には、会社訪問にやってきた21歳女子大生が座っています。何を話してあげたらいいのか、何を聞かれるのか。ちょっとどきどきした気分で、お手ふきの封を開けたところで、女子大生が口を開きました。
「あの、転勤ってあるんですか? 私、家族とか友達も大切にしたくて」。
さて、この一言に何を感じるでしょう。
「今流行のワークライフバランスってやつか。最近の学生はしっかりしているな」でしょうか。
それとも「OB訪問でいきなり私生活の話? 仕事をなめんな」でしょうか。
前職までであれば、後者寄り。現在は前者。
本来であれば生活時間の中に労働時間が包括されているわけで、生活の豊かさを求めるために労働しているとも言えるわけです。労働によって生活が浸食されていくことが当たり前がと思ってしまう認識の方が異常であって、労働していく中で徐々に麻痺していってしまう感覚なのでしょうね。
例えば、「ワークライフバランス」や「ダイバーシティ」。最近、雑誌やネットでよく見るようになりました。それを受けて学生たちも、「そうか、仕事と生活の両立を考えるのは当たり前なんだ」と理解して、就職活動に励みます。
でも、当たり前ですが学生たちは働いたことがありません。彼らが真剣にワークライフバランスを考えても、現実とずれたイメージを抱いてしまう。そして、そんな学生たちの考えを、働く環境に適応しきった社会人は理解できません。そして「最近の若者は〜」と嘆くようになる。
「最近の若者は〜」という呪文はエジプトの壁画からも発見されているくらい人類社会にインプリンティングされているわけですが、前提としては年功序列型の考え方で年長者は若者よりもあらゆる面で優れているという奢りが見え隠れします。ところが実際には体力はもちろん、業務遂行能力も30代をピークに衰える一方なわけですから、あとは経験に裏打ちされた人格の部分で存在価値を出していく他ありません。そして人格者の口からは「最近の若者は〜」という抽象論なんて出るわけありませんから、だいたいが自身のコンプレックスや若さに対する嫉妬として判断できるわけです。
当時の私の会話も、今、社会人の視点に立てば、「浮ついた話をしているな」と思えてしまいます。ですが、当時の私たちは“浮ついた話”でも何でもなく、自分の人生がかかった重要な話をしていたつもりでした。
学生と社会人のズレはなぜ起きるのでしょうか。働き始めると、そんなに価値観は変わるものなのでしょうか?
パスカルの言葉に、「人間の小さな事柄に関する敏感さと、大きな事柄に関する無感覚は、奇妙な入れ替わりを示している」という物事の優先順位への矛盾が挙げられているものがあります。つまり日々の業務という「小さな事柄」に流されると、人生やキャリアといった「大きな事柄」を考える余裕がなくなります。そうすると労働者は大局的な思考停止に陥り、残業や転勤に文句も言わずに従う奴隷のような存在になっていくのだと言えます。
とくに日本人は報告書の体裁や命令系統の伝言ゲームなどに時間を費やすことが好きみたいですが、家族や大切な人と過ごす時間よりも大切なのかと考えると、ほとんどの業務が本質的に他の手段によって代替できたり、効率化できたりするものです。そして変化の激しい時代においては、会社の中でセコセコ働いている人よりも社外でアンテナを広げている人の方が成果を挙げられる環境になってきています。
豊かな人生を送るためには、自分の予定表を生活時間から埋めていって最低限の労働時間を設定する必要があります。もちろん経済面で労働時間を減らすことによる収入減などが発生するでしょうが、それは単位時間当たりの生産性を向上させるか、収入に合った生活レベルにするか、2つの選択肢のどちらかを選べばよいのです。
学生が「浮ついた話」をしているのではなく、日本の社会人が病的に「お仕事好き」なだけです。そしてそんな社会人に自分がおかしいということを意識させない日本の社会主義は、崩壊しかかっているとはいえまだまだ根強いんですねぇ。。
- [2008/05/10 00:00]
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[真面目]新しい世界
このG.W.は読書漬けで過ごしています。テーマとしては、世界のなかの日本の現状を把握することに重点を置いており、歴史的経緯から宗教、国家、企業の成り立ち、そしてこれからの未来がどうなっていくのかを洞察していくことを目的としています。個人的に理系だったこともあり、この辺りの教養が非常にお粗末なのですが、遅ればせながら温故知新というか、歴史から学ぶ重要性に気づきつつあります。まずは前提条件として、なるべく客観的に日本という国の成り立ちを時間のあるときに勉強しようと考えました。
まず概論的な部分では、日本文化研究の第一人者であり著名な書評家でもある松岡正剛氏の講義を受けてみることにしました。"17歳のための"と銘打ってありますが、30代でも40代でも正確に把握している人は少ないであろうユダヤ教からキリスト教への成り立ち、日本古来の神話の意味、西洋文化に影響を受けた和洋折衷の現代という流れで世界史の観念的繋がりを解説しています。いやはや、この本に17歳で出会っていたなら、もっと世界史に興味を持つことができたのに。。とちょっとくやしい気分です。
草思社 ( 2007-07-24 )
ISBN: 9784794216090
おすすめ度:

続いて地政学的観点からの把握も試みようということで、地図から世界がどのように変遷していったかをビジュアル的に見ていきました。この本の特徴はアフリカや南米など第三世界の記述が多く、我々が日常的に陥りがちな欧米中心の世界観を是正するのに役立ちます。最近話題のチベットに関しても1984年以降の中国による区画整理の衛星写真が示され、いかに理不尽な開発が行なわれているかを明示しています。また、ディエゴ・ガルシア島やパナマ運河など、アメリカのグローバル政策上の重要な戦略拠点も余すことなく掲載されており、新帝国主義の概略が掴めるようになっています。
あんまり知識を詰め込んでいると知恵熱が出そうなので、写真集で気分転換です。日常的な空間も撮影方法によってはミニチュアに見えてくる、そんな不思議な感覚が味わえるのが small planet です。オイラ自身も高い展望台に上って見渡すのが好きなのですが、高所恐怖症気味なせいか下を見るのは苦手なんですよね。。でも写真集なら大丈夫なのです。
とりあえず世界情勢の現状把握を行なったところで、未来の世界がどうなっていくかを俯瞰していきたいと思います。もちろんこれが最も難しくほとんど予測不可能ではあるのですが、アプローチ方法はなんとなく見えてきているカンジもします。つまり、社会を成立させていた基盤が 宗教⇒国家⇒企業 と移り変わっていくなかで、資本主義を超える価値観というのが今後の世界を変えていく役割を担うはずです。
9.11のテロ以降、何が変わったのでしょうか?我々を取り巻く環境は少なくとも変わっていませんが、我々の意識はハッキリと変わりました。規模の経済によって大量生産大量消費を行なうことは決して幸福には繋がらず、富める者と貧する者の格差は憎しみの連鎖を生み出します。経済のグローバル化が人間生活の発展に寄与しているとは言い難く、化石燃料や天然資源、食料問題、地球温暖化といった限界点が近づいていることは明白です。
それじゃ、途上国に補助金をジャブジャブ渡せばイイというのが日本政府の考え方ですが、ずっと中国に円借款を行なった結果がどうなったのか、キチンと把握してから貴重な税金を使ってもらいたいものです。日本が持っている資産は高効率発電技術や自動車のハイブリッド、太陽光発電など、限られた資源を有効利用するための高付加価値な技術力です。
例えばアフリカで現地のマイクロクレジットによる社会起業を支援するために、太陽光パネルと衛星通信によるインターネットインフラを提供したりできないのでしょうか?エネルギーとITさえあればGoogleAdwordsで広告収入が得られるわけですし、もはやコモディティ化したWeb制作などは労働集約的な作業になっているのですから第三世界にアウトソースすべきです。
太陽光パネルと衛星インターネットで10万ドルのコストがかかっても、日本が食料援助に出す100億円で1,000拠点のビジネスユニットを作り出すことができます。資本金1,000万円の会社を1,000社も作るインパクトといえば、万単位での雇用と億単位での経済規模が保証できることでしょう。日本企業にとっても太陽光パネルのマーケットが広がるわけですし、日本国内でくすぶっているフリーターやニートもまとめて青年海外協力隊みたいな形で放り出してもよいかもしれません。
とまぁ極端な例で示しましたが、日本の知識産業ノウハウがあれば第三世界でのグラミン・モデルでの社会起業支援は容易にできます。もちろん、日本国内においても社会起業による小規模分散型ビジネスは今後加速していくことでしょう。多様な独創性に溢れるビジネスモデルが生まれれば、それだけ"海外に売れる商品"も増えるということです。資本主義を超えるネットワーク型のWeb=クモの巣モデル、なんとなく世界平和への道が見えてきたように思えますね。
- [2008/05/06 00:00]
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不動産神話を超えて
なぜ、「購入 VS 賃貸」 という比較がナンセンスなのか?
新築価格が 4000万円のマンションを 35年ローンで買ってもいいのは、
ローン完済時に 5214万円以上で売却することが期待できる場合に限られる。
というわけで、5214万円÷35≒年平均150万円 の不動産ローンに代わる住宅に関するお金の使い方を提案するこのコーナー、時間がないのでどしどし行ってみましょう!
a. 田舎に一戸建てを購入し、家族はそこに住む。金土日+1日在宅勤務で平日3日だけ都内のマンスリー
⇒田舎ならば、1000万円もあれば結構な豪邸に住めるようです。子どもが都会の毒に汚染される心配もないですしね。週末LOHASライフは理想的です。あとはなるべく平日の仕事量を減らしていくことに集中すればよいだけです。
b.両親の住む実家を二世帯住宅にリフォーム。両親の生活を心づくしの家賃で補助。
⇒実家なのでもともと自分たちが育った場所は住みやすいですし、子どもの世話もしてもらえます。また、両親にも経済メリットを提示すれば年金不安なども解消できますね。注意点は嫁姑関係だけか。
c.ニュージーランドで住宅を購入、家賃収入で日本の賃貸を借りる。老後は移住。
⇒不動産に係る税金がほとんどなく、しかも不動産価格が上昇し続けている海外に不動産資産を求めるのは合理的ですね。時差もあまりないですから、在宅勤務したとしても日本でのビジネスにもあまり支障はありません。
というわけで、マンションを購入することによるローン金利や中間マージンを省くことによって、意外と豊かな暮らしができそうですね。個人的にはcパターンに激しく惹かれますが…羊と暮らしたい。
- [2008/04/08 00:00]
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感情と利害の選択
誰が言ったか、「この世は感情と利害によって作られているもの」であると。理屈の上では正しい、正論を並べたところでタイミングや順序を間違えれば決して上手くいかないというのは誰しも経験のあることだと思います。仕事にしろ、恋愛にしろ、家庭や友人関係でも論理的な整合性よりも感情論と利害関係が重視されるのです。そしてそれぞれの事象について、私たちは関わるリソースを持っていません。時間は有限であり、感情と利害を調整するべき事象を吟味して選択していくのが人生なんだと思います。
私の仕事でも私が思いついたアイデアについて、当然私自身は「こいつはいける」とか「世の中を変えられる」とか感情でモチベートされて動くわけですが、それが上司や顧客に伝わっていく過程で利害が調整されます。例えば上司は利益率や達成の期間などを勘案しますし、顧客は自分自身のビジネスにどのように役に立つのかを当然考えるわけです。そうすると私自身が例えば「地球環境の改善に寄与します」とか「ユーザの生活をこんなに便利にします」といった正論を並べる以前の段階で調整する必要が出てきます。
若い時分はこれらの調整ごとがまどろっこしく、なんで分かってくれないのだ、堂々巡りもイイ加減にしろ、と思っていました。ただ最近になって、これは必要悪なのだとも思えるようになってきました。つまりこれらの障害を乗り越えられないようなアイデアというのは所詮そこまでの情熱しかないものであって、むしろもっと根源的な部分から煮詰める必要がある、有限な時間というリソースを基礎的な部分に投入するべきであるといった判断ができるようになってきたわけです。
若い時分って経験も少なく、アイデアも限られた視点から生まれてくるものだったりするので甘ちょろい見通しで動きがちです。それが海千山千を乗り越えてリスク分析もできるようになり、そこに必要な工数や時間も考慮できればリアリティが増していきます。戦略的な選択を行なうために、感情と利害を支配するのが最高のプロセスマネジメントなんですね。
- [2008/03/07 00:00]
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就職氷河期なんて、ない。
今週号の週刊ダイヤモンド『働き方格差』、dankogaiのエントリに釣られて読んでみたのですが、全然必見じゃないよ。。すでに聞き飽きている正社員と派遣・フリーターの賃金格差、生涯収入、偽装請負やら高齢フリーターといった煽り記事、、、これが仮にもビジネス誌といえるのか?という内容でした。
中でも噴飯したのがロスジェネに関する記述です。司法試験にチャレンジするも夢破れ「先進的な技術や商品を開発している業界で働いてみたい。諦めずに続けるしかない。」と大手通信会社の採用試験を受け続ける派遣社員の32歳の男性と、厳しい就職戦線でOBのコネから大手上場企業から内定を得るも自分がその企業で働くイメージが描けず辞退、以来コンビニで働いてきた29歳フリーターの男性が登場しますが、もう何言っちゃってんの?ってカンジですね。
就職氷河期というのは、学生にとってイメージしやすい旧来型の大手企業の採用が少なかっただけであって、仕事自体はたくさんありふれているわけですよ。そもそも宝くじ的な求人倍率の大手企業のサラリーマンになる選択がまっとうであるという価値観が新卒での就職活動においてマジョリティを占めていることが問題なのです。
かくいう30歳の私も、とりあえず自分が聞いたことのある会社ばかり受けて、その中で自分が好きなことができそう、なんていう漠然とした想いで入った大手上場企業を3年で辞めているわけですが、その時点で初めて仕事なんてどの会社で働いても同じだと達観した覚えがあります。
まず自分が人生においてどのような考え方で年を重ねていきたいのか、自分が何をしているときが心地よいのか、そのための時間の過ごし方の1つとして働くという選択肢はどのように判断すればよいのか、自分が主人公である人生の座標軸を持ったときに初めて働く意味というのを感じることができたように思えます。
熾烈な社内の出世競争に勝って昇進することがアドレナリンが出て充実すると感じるのであればモーレツに働けばよいですし、そこそこの暮らしていけるだけの給料を得て定時で帰って自分の趣味の時間を持つことが落ち着くのであれば文化的・教養的に深い人間になればよいわけです。
分裂勘違いくん的にいえば、とりあえず大手企業の正社員になればやり甲斐があって大きな仕事ができるなんて考えているのは、誰かから雇用と仕事を振られるのを待っている他力本願な考え方でしかないですし、むしろ自分から動いて雇用を創出するようなチャンスは就職氷河期と呼ばれた大手企業が萎縮していた時代の方が大きかったハズです。
物事にはウラとオモテがあって、それぞれ視点を変えればまったく違った結果が生まれます。あと5年もすれば大手マスコミを中心とした 就職人気=イメージ先行企業 がどんどん退行していきますから、むしろ昨今の売り手市場で何も考えずに就職してしまった人たちはかなり長い氷河期を味わうことになるんでしょうね。。
まぁ週刊ダイヤモンド自体は、都市経済特集"大阪"が面白かったんで±0ですかね。
- [2008/03/05 00:00]
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